先日、愛知県公立高校の合格発表があった。
うちの塾生たちは、本当にみんなよく頑張ってくれた。
全員合格!
「とうぜんだー」
という顔をしていたが、
実は内心ひやひやしていたところもあった。
データーと、受験生の成績を見ると
必ずしも安全な戦いではなかった子が、何人かいた。
でも、年が明けてからの彼らの頑張りは素晴しかった。
プレッシャーもあっただろうが、
塾の授業では集中力を切らさずに頑張って
着々と力を付けていった。
だからグーンと偏差値も上がったのだろう。
みんなすごいよ。
そして本番前の表情も、みんな悪くなかった。
私の勝手な心配をよそに、
子どもたちは堂々とやってきてくれた。
いやいや、本当に子どもたちは素晴しい子達ばかりだ。
これでやっと2011年度が終了する。
新しい高校生に心からおめでとうと言ってやりたい。
推薦で私立に進学する子が1人
市立・県立の公立高校が4人
国立大学附属高校に2人
今年は7人の高校生がここから出て行くのだ。
いや、本当にみんなよーく頑張ったね。
私はとっても嬉しいよ。
じわじわ、じわじわ嬉しさが込み上げてくる。
こんな嬉しい気持ちにさせてくれて、
みんな本当にありがとう!
2012年03月24日
2012年03月14日
机を替えたよ
長年使用していた机を替えた。
何か新鮮で、いい気分。
替えたのは、塾を始めたときから使っていた、幅の広いデスクである。
幅90センチもあった。
当時は、普通のサイズの机を使うと、
生徒が少ないので部屋ががらんとして、
さびしく見えたから、やたら幅の広い机を使っていたのである。
でも、地域の皆様のおかげでだんだん部屋が手狭に感じることが出てきて、
このたび思い切って少しサイズが小さいものに替えることにしたのである。
ありがたいことです。
今回の新しい机の幅は、60センチ、
それでも幅の広い部類に入るもの。
学校の机が45センチなので、
それより15センチも広い。
学校よりも勉強しやすいはずである。
しかも、机の下には、小さなかばんやノートなどを入れる場所があるので
上下合わせると、前よりも使えるスペースは広がったものと思う。
子どもたちが、気分よく勉強してくれるといいなーと願っている。

そもそもこの机、
実はある教室を見て導入を決めたものである。
南山大学だ。
以前、ちょっとした用事で、南山大学を訪れたときのこと。
キャンパスを歩いていると、目の前に知った顔があった。
彼は
「今、ちょうどお前のことを考えていたんだ!」と
駆け寄ってきた。
「本当かいな」と思ったが、彼は興奮していた。
彼はここの大学の先生である。
先ほどのことがあり、気前良く
自分の研究室に案内してくれる途中、
新しく建てた校舎も見せてくれた。
そのときの教室にあった机に、目が留まったのだ。
キラリーン、
とてもスマートで格好いいのだ。
「おお、これだ。」と思った。
ということで、その机を真似して購入した。
ここの塾には大学生はいないけど、
小学生のみんなも、大学生気分を味わってくれるかな?
何か新鮮で、いい気分。
替えたのは、塾を始めたときから使っていた、幅の広いデスクである。
幅90センチもあった。
当時は、普通のサイズの机を使うと、
生徒が少ないので部屋ががらんとして、
さびしく見えたから、やたら幅の広い机を使っていたのである。
でも、地域の皆様のおかげでだんだん部屋が手狭に感じることが出てきて、
このたび思い切って少しサイズが小さいものに替えることにしたのである。
ありがたいことです。
今回の新しい机の幅は、60センチ、
それでも幅の広い部類に入るもの。
学校の机が45センチなので、
それより15センチも広い。
学校よりも勉強しやすいはずである。
しかも、机の下には、小さなかばんやノートなどを入れる場所があるので
上下合わせると、前よりも使えるスペースは広がったものと思う。
子どもたちが、気分よく勉強してくれるといいなーと願っている。
そもそもこの机、
実はある教室を見て導入を決めたものである。
南山大学だ。
以前、ちょっとした用事で、南山大学を訪れたときのこと。
キャンパスを歩いていると、目の前に知った顔があった。
彼は
「今、ちょうどお前のことを考えていたんだ!」と
駆け寄ってきた。
「本当かいな」と思ったが、彼は興奮していた。
彼はここの大学の先生である。
先ほどのことがあり、気前良く
自分の研究室に案内してくれる途中、
新しく建てた校舎も見せてくれた。
そのときの教室にあった机に、目が留まったのだ。
キラリーン、
とてもスマートで格好いいのだ。
「おお、これだ。」と思った。
ということで、その机を真似して購入した。
ここの塾には大学生はいないけど、
小学生のみんなも、大学生気分を味わってくれるかな?
2011年12月20日
健康のために
健康は大切だ。
何がなくとも、まず体がしっかりしていないと
何もすることが出来ない。
継続することは大切だ。
何事も三日坊主では、ものにならない。
続けられて、健康にいいもの。
それは、もうこれしかない。
ということで、
ゲームには全く無縁だった我が家にも
Wii Fit 登場。
今のところ、毎日毎日
「ヘエー、ホエー」
と、いいながら続けている。
半月は続けられた。
どちらかというと、はまっている。
効果を実感できなくても、
どこまで続けられるか。
たのしーい。
いや、楽しみである。
何がなくとも、まず体がしっかりしていないと
何もすることが出来ない。
継続することは大切だ。
何事も三日坊主では、ものにならない。
続けられて、健康にいいもの。
それは、もうこれしかない。
ということで、
ゲームには全く無縁だった我が家にも
Wii Fit 登場。
今のところ、毎日毎日
「ヘエー、ホエー」
と、いいながら続けている。
半月は続けられた。
どちらかというと、はまっている。
効果を実感できなくても、
どこまで続けられるか。
たのしーい。
いや、楽しみである。
2010年06月14日
はやぶさ帰還
7年も前に地球を離れ、
ひとり、惑星「イトカワ」の探査を命ぜられた
「はやぶさ」くんは、ついに帰って来た。
7年間もとび続け、幾多の艱難を乗り越え、
絶望的な状況に遭遇してもあきらめず、
満身創痍となって戻ってきた。
その姿は、まさに感動モノである。
私の塾では、はやぶさの絵を飾り、
「はやぶさくん 2010.6.13」と書き入れてある。
当然生徒達が質問してくるので、そんなときはじっくり話をしている。
とても一機械がしていることとは思えない何かがある。
だから、みんなで「はやぶさくん」と呼んでいるのだ。
小学生のクラスでは、「お話の記憶」と呼んでいるアクティビティがある。
立派な教育の一環だ。
人の話を聞き、大切なことはメモを取り、
あとから先生から発せられる問いに備えるというもの。
はやぶさくんの飛び立つときから、糸川英夫博士の話。
宇宙を飛び、目指す小惑星に降り立ち、
すばやく砂を採取し、再び飛び立つ。
そして、これでもかこれでもかという困難を乗り越えて地球に帰ってくる。
その英雄であるはやぶさくんの、最後のミッションは大気圏内で燃え尽きること。
英雄の報酬としては、あまりにも残酷な結末に、
子ども達は、不満を隠さない。
だからこそ、子供にも、大人にもその「何か」が伝わるのだろう。
帰ってきたはやぶさ君が最後に見せてくれたのは、
オーストラリアの夜空を飾る、
美しくも悲しい花火のような光のショーだった。
子ども達の目には、どう映ったのだろう。
ひとり、惑星「イトカワ」の探査を命ぜられた
「はやぶさ」くんは、ついに帰って来た。
7年間もとび続け、幾多の艱難を乗り越え、
絶望的な状況に遭遇してもあきらめず、
満身創痍となって戻ってきた。
その姿は、まさに感動モノである。
私の塾では、はやぶさの絵を飾り、
「はやぶさくん 2010.6.13」と書き入れてある。
当然生徒達が質問してくるので、そんなときはじっくり話をしている。
とても一機械がしていることとは思えない何かがある。
だから、みんなで「はやぶさくん」と呼んでいるのだ。
小学生のクラスでは、「お話の記憶」と呼んでいるアクティビティがある。
立派な教育の一環だ。
人の話を聞き、大切なことはメモを取り、
あとから先生から発せられる問いに備えるというもの。
はやぶさくんの飛び立つときから、糸川英夫博士の話。
宇宙を飛び、目指す小惑星に降り立ち、
すばやく砂を採取し、再び飛び立つ。
そして、これでもかこれでもかという困難を乗り越えて地球に帰ってくる。
その英雄であるはやぶさくんの、最後のミッションは大気圏内で燃え尽きること。
英雄の報酬としては、あまりにも残酷な結末に、
子ども達は、不満を隠さない。
だからこそ、子供にも、大人にもその「何か」が伝わるのだろう。
帰ってきたはやぶさ君が最後に見せてくれたのは、
オーストラリアの夜空を飾る、
美しくも悲しい花火のような光のショーだった。
子ども達の目には、どう映ったのだろう。
2010年03月22日
もちつき
暖かい春の日差しが降り注ぐ中、餅つきをした。
寒い冬に、ではない。
3月の中旬にである。
この時期だからいいのだ。
塾が儲かっているからではなく、
はたまた宣伝と言うわけでもなく、
ただ子ども達が喜ぶだろうと思ってやってみたもので、
ほかに何も考えていなかった。
やろうと決めて、子どもたちに聞いてみると、
軒並み「部活、クラブの試合、家族旅行」
と言う理由で、ほとんど来られない。
じゃあ、やめにしようかなとも思ったけれど、
■
まず、お父さん達がうすに入ったもち米を
力いっぱい杵でこね回す。
それから子ども達が順番に
杵を持ってもちをつく。

お母さんがもちををひっくり返す。

つき上がったおもちをちぎって、
しょうゆ、のり、きな粉、あん、ごま、大根おろし
をつけて、たらふく食べた。

ということで、
子ども達はもちろん、
お父さん、お母さんも大活躍の日だった。
自分の為ではなく、人の為に、なんていうと、
偽善者っぽい響きがあるが、
あえてその言葉の中にある真理を見たような気がする。
何も考えていなかっただけに、
自分から杵を持つことも忘れ、
終わってから「つきたかった、残念!」なんて思い出したくらい。
それだけが心残りである。
本当に。
寒い冬に、ではない。
3月の中旬にである。
この時期だからいいのだ。
塾が儲かっているからではなく、
はたまた宣伝と言うわけでもなく、
ただ子ども達が喜ぶだろうと思ってやってみたもので、
ほかに何も考えていなかった。
やろうと決めて、子どもたちに聞いてみると、
軒並み「部活、クラブの試合、家族旅行」
と言う理由で、ほとんど来られない。
じゃあ、やめにしようかなとも思ったけれど、
少人数でも楽しんでくれれば、と思い直し
ファミリーみんなで参加してもらうことにした。■
まず、お父さん達がうすに入ったもち米を
力いっぱい杵でこね回す。
それから子ども達が順番に
杵を持ってもちをつく。
お母さんがもちををひっくり返す。
つき上がったおもちをちぎって、
しょうゆ、のり、きな粉、あん、ごま、大根おろし
をつけて、たらふく食べた。
ということで、
子ども達はもちろん、
お父さん、お母さんも大活躍の日だった。
自分の為ではなく、人の為に、なんていうと、
偽善者っぽい響きがあるが、
あえてその言葉の中にある真理を見たような気がする。
何も考えていなかっただけに、
自分から杵を持つことも忘れ、
終わってから「つきたかった、残念!」なんて思い出したくらい。
それだけが心残りである。
本当に。
2010年01月07日
一生懸命やったのに
我家では、例年3種類の年賀状を作る。
その年に撮った写真を使って、家族の近況を伝えるのが一つ。
塾の子ども達に出すのが一つ。
娘用のが一つである。
今年はどういうわけか、一念発起して木版画に挑戦した。
塾の子ども達用である。
台所に、娘が掘ってきたさつまいもがあって、
その切れ端が芽を出していた。
こんなイモの切れ端から、
真新しい、新鮮な命が吹き出ている。
子ども達には、無限の可能性がある。
うーん、これはいい。
絵手紙風にシンプルにそれを描いてみた。
久しぶりー。学生時代以来のことだから、
自分でもすごいことだと思って、ワクワクしながら準備をする。
昔使っていた道具を探す。
えのぐ、筆、ばれん、刷毛・・・。だが、肝心の彫刻刀がない。
あっちもこっちも探すが、一番大切な「切出し」という彫刻刀がない。
とりあえず文具店で安い切出し刀を買ってくるが、
腕が鈍ったのか切れが悪い。
仕方が無いので娘が学校で使っている彫刻刀を
学校から持ってこさせる。
それでもあまり切れがよくなく、細かな線が出ない。
ところがある事実が判明して愕然となった。
細かな線が出ないのは、
彫刻刀の切れ
プラス なまった腕、
アンド 目がよく見えないからだった。
あはは…と寂しく笑いながら老眼鏡をかけて悪戦苦闘する。

空いた時間をつなぎ合わせて何日もかけて彫った。
そして摺ろうというときに、
妻に「今年の年賀状はこれで行こう」と言われて戸惑った。
これは塾の子ども達用に30枚くらい摺ればいいと思っていたからだ。
それが我家のオフィシャル年賀状となったので
一気に100枚以上摺るハメになってしまう。
労力と時間もさることながら、
図柄が子どもを意識していたのでシンプルだけど・・・、
まあいいか。
とにかくそれで大奮闘して

なんとか摺り上げる。
やった〜。
達成感があった。
なんせ、20数年ぶりのことである。

明けて正月、
親兄弟が集まったときに、ふと聞いてみた。
「年賀状、どうだった?」
彼らの感想は正直…というか酷なものであった。
「何だあれ」
「え、版画だったの?」
「全然たいしたことない」
と、親からも弟からも妹からも、
ひとことも「良い」との声は聞くことが出来なかった。
もう版画はやめよう!
しかし、である。
先日、塾生の保護者からのメールで、
年賀状が良かったとの一文を発見。
そんな背景があっただけに、ホントうれしかった。
泣けてくるほどうれしかった。
その年に撮った写真を使って、家族の近況を伝えるのが一つ。
塾の子ども達に出すのが一つ。
娘用のが一つである。
今年はどういうわけか、一念発起して木版画に挑戦した。
塾の子ども達用である。
台所に、娘が掘ってきたさつまいもがあって、
その切れ端が芽を出していた。
こんなイモの切れ端から、
真新しい、新鮮な命が吹き出ている。
子ども達には、無限の可能性がある。
うーん、これはいい。
絵手紙風にシンプルにそれを描いてみた。
久しぶりー。学生時代以来のことだから、
自分でもすごいことだと思って、ワクワクしながら準備をする。
昔使っていた道具を探す。
えのぐ、筆、ばれん、刷毛・・・。だが、肝心の彫刻刀がない。
あっちもこっちも探すが、一番大切な「切出し」という彫刻刀がない。
とりあえず文具店で安い切出し刀を買ってくるが、
腕が鈍ったのか切れが悪い。
仕方が無いので娘が学校で使っている彫刻刀を
学校から持ってこさせる。
それでもあまり切れがよくなく、細かな線が出ない。
ところがある事実が判明して愕然となった。
細かな線が出ないのは、
彫刻刀の切れ
プラス なまった腕、
アンド 目がよく見えないからだった。
あはは…と寂しく笑いながら老眼鏡をかけて悪戦苦闘する。
空いた時間をつなぎ合わせて何日もかけて彫った。
そして摺ろうというときに、
妻に「今年の年賀状はこれで行こう」と言われて戸惑った。
これは塾の子ども達用に30枚くらい摺ればいいと思っていたからだ。
それが我家のオフィシャル年賀状となったので
一気に100枚以上摺るハメになってしまう。
労力と時間もさることながら、
図柄が子どもを意識していたのでシンプルだけど・・・、
まあいいか。
とにかくそれで大奮闘して

なんとか摺り上げる。
やった〜。
達成感があった。
なんせ、20数年ぶりのことである。
明けて正月、
親兄弟が集まったときに、ふと聞いてみた。
「年賀状、どうだった?」
彼らの感想は正直…というか酷なものであった。
「何だあれ」
「え、版画だったの?」
「全然たいしたことない」
と、親からも弟からも妹からも、
ひとことも「良い」との声は聞くことが出来なかった。
もう版画はやめよう!
しかし、である。
先日、塾生の保護者からのメールで、
年賀状が良かったとの一文を発見。
そんな背景があっただけに、ホントうれしかった。
泣けてくるほどうれしかった。
来年もやろうかな…。
2009年12月04日
生命の力
部屋にいると気付かなかったのだが、外は意外と寒い。
でも、今日は歯医者さんの予約をしてある日なので、
内心"いやいや"出掛けた。

本当に歯医者さんは苦手である。
治療室のあの椅子はまないたであり、
そこに横たわる自分は
まさに「まな板の上の鯉」である。
「あー、虫歯じゃないねえ」
詰め物がはずれかけていただけだった。
「よかったねー」
と言いながら、ゴリゴリとすごい音
(・・・に聞こえるのだが)
で、歯を削っている。
痛い!!!!
「よかったねー。歯が生きとるということだわ」
はー、何でも「よかったね」だ。
でも、考えてみれば、いろいろなことに当てはまる。
物事は決して一面からしか判断してはいけないということだ。
今の不幸も、やがて来る本当の幸いに至る坂道なのか。
よかった、よかった。
歯医者さんが終わったあとの爽快感。
外に出たときの空の青さ。
街路樹の紅葉の美しさ。
だから、歯医者さんはやめられない!(?)
でも、今日は歯医者さんの予約をしてある日なので、
内心"いやいや"出掛けた。
本当に歯医者さんは苦手である。
治療室のあの椅子はまないたであり、
そこに横たわる自分は
まさに「まな板の上の鯉」である。
「あー、虫歯じゃないねえ」
詰め物がはずれかけていただけだった。
「よかったねー」
と言いながら、ゴリゴリとすごい音
(・・・に聞こえるのだが)
で、歯を削っている。
痛い!!!!
「よかったねー。歯が生きとるということだわ」
はー、何でも「よかったね」だ。
でも、考えてみれば、いろいろなことに当てはまる。
物事は決して一面からしか判断してはいけないということだ。
今の不幸も、やがて来る本当の幸いに至る坂道なのか。
よかった、よかった。
歯医者さんが終わったあとの爽快感。
外に出たときの空の青さ。
街路樹の紅葉の美しさ。
だから、歯医者さんはやめられない!(?)
2009年11月24日
2009年06月15日
夏が来る
六月になった。
でも、朝起きると、まだ肌寒いし、
夏が来るという実感に乏しいこのごろである。
とはいえ、夏休みは確実に来るのであり、
夏休みと言えば、塾は夏期講習の繁忙期となる。
特に、うちは他にアルバイトの講師がいるわけではないので
私一人、アンド、妻一人で迎えるわけである。
さて、この夏休みと言うのは
日ごろ出来なかったことができる機会と言うことで、
小中学生は、一学期に出来なかったところを復習する
絶好の機会である。
子どもとしては、毎日100パーセント遊びたいと
考えるのが普通だろうが、ここは親の知恵に耳を傾ける方が賢明。
だって、他のお友達はほとんど夏に学習しているのだから。
二学期を迎えたとき、
勉強していた子と、
遊びまくっていた子、ダラダラ過ごしていた子とは、
明らかに差がついてしまう。
マラソンで言えば、二学期から急にスピードが変わる。
まるで夏休みはブラックボックスのようなものである。
さて、勉強も大切だが、そんなことよりも、
毎年季節の講習の計画を考えるときに
いつも
「次回は、あれをしよう」
と、いう思い、
勉強とは直接関係ない思いが湧いてくるのである。
たとえば、
■版画教室
彫刻刀を使って、木に彫っていくあれである。
最近の子どもは、鉛筆をナイフで削る機会が
少ないようで、刃物の何たるかを実感していない。
刃物を使うとどうなるか。
そのリアリティに乏しい子どもが増えると、
少々コワいことになる。
適当に指を切ったりしながら痛みを体で体験した方がいい。
話はそれてしまったが、版画って楽しい。
彫るのも楽しいが、作品がいくつもできて
人にあげることができるし、
年賀状にはうってつけだし。
それを塾でやりたいとずっと思っている。

(自分でやってみた-製作途中)
■工作教室
紙や、木、輪ゴムなどを使って物つくりをする。
色を塗ったり、動かしたりできるとなお楽しい。
一人だとなかなか実行に移すのが億劫でも、
仲間とやれば楽しいものである。
塾には手作りのものがいくつか置いてある。
鉛筆立て、本棚、積み木、しおりなど。
■大人の英語教室
中学英語を過去にやったことがある人の
「やり直し英語」教室である。
自分の経験から、英語を使えるようになるには
中学英語をやり直すのが一番だ。
テストの点数を気にした勉強ではなく、
社会人の経験を持った人が
余裕を持って
もう一度中学の英語に取り組むと、
けっこう目からうろこが落ちるように
分かってしまったりするのである。
これは、本当にお勧め。
■コミュニケーショントレーニング
どちらかというと、高学年以上がいいのだが
チームを作り、情報を共有し、交換しながら
共同のプロジェクトを進めていくという高度なトレーニングである。
全国の学校でも、このトレーニングを「体験学習」として
取り入れるところが増えてきている。
通常の勉強では学ぶことのできない
人とのかかわりを学び、
何よりも良いことは
学習者は、自分自身のことを掘り下げて
自分自身に気付くこと、
自分を見つめることができること。
これはむしろ、大人が体験すると、
とても有意義なものとなる。
そのほかにも
■ギター教室(もちろん初心者)
■パソコン教室
などもいい。
まあ、でも、いつも現実に追われて、
また今度と言うことになってしまう。
でも、いつか必ずやってみたい!

刷りの練習・カラフルなまず
でも、朝起きると、まだ肌寒いし、
夏が来るという実感に乏しいこのごろである。
とはいえ、夏休みは確実に来るのであり、
夏休みと言えば、塾は夏期講習の繁忙期となる。
特に、うちは他にアルバイトの講師がいるわけではないので
私一人、アンド、妻一人で迎えるわけである。
さて、この夏休みと言うのは
日ごろ出来なかったことができる機会と言うことで、
小中学生は、一学期に出来なかったところを復習する
絶好の機会である。
子どもとしては、毎日100パーセント遊びたいと
考えるのが普通だろうが、ここは親の知恵に耳を傾ける方が賢明。
だって、他のお友達はほとんど夏に学習しているのだから。
二学期を迎えたとき、
勉強していた子と、
遊びまくっていた子、ダラダラ過ごしていた子とは、
明らかに差がついてしまう。
マラソンで言えば、二学期から急にスピードが変わる。
まるで夏休みはブラックボックスのようなものである。
さて、勉強も大切だが、そんなことよりも、
毎年季節の講習の計画を考えるときに
いつも
「次回は、あれをしよう」
と、いう思い、
勉強とは直接関係ない思いが湧いてくるのである。
たとえば、
■版画教室
彫刻刀を使って、木に彫っていくあれである。
最近の子どもは、鉛筆をナイフで削る機会が
少ないようで、刃物の何たるかを実感していない。
刃物を使うとどうなるか。
そのリアリティに乏しい子どもが増えると、
少々コワいことになる。
適当に指を切ったりしながら痛みを体で体験した方がいい。
話はそれてしまったが、版画って楽しい。
彫るのも楽しいが、作品がいくつもできて
人にあげることができるし、
年賀状にはうってつけだし。
それを塾でやりたいとずっと思っている。

(自分でやってみた-製作途中)
■工作教室
紙や、木、輪ゴムなどを使って物つくりをする。
色を塗ったり、動かしたりできるとなお楽しい。
一人だとなかなか実行に移すのが億劫でも、
仲間とやれば楽しいものである。
塾には手作りのものがいくつか置いてある。
鉛筆立て、本棚、積み木、しおりなど。
■大人の英語教室
中学英語を過去にやったことがある人の
「やり直し英語」教室である。
自分の経験から、英語を使えるようになるには
中学英語をやり直すのが一番だ。
テストの点数を気にした勉強ではなく、
社会人の経験を持った人が
余裕を持って
もう一度中学の英語に取り組むと、
けっこう目からうろこが落ちるように
分かってしまったりするのである。
これは、本当にお勧め。
■コミュニケーショントレーニング
どちらかというと、高学年以上がいいのだが
チームを作り、情報を共有し、交換しながら
共同のプロジェクトを進めていくという高度なトレーニングである。
全国の学校でも、このトレーニングを「体験学習」として
取り入れるところが増えてきている。
通常の勉強では学ぶことのできない
人とのかかわりを学び、
何よりも良いことは
学習者は、自分自身のことを掘り下げて
自分自身に気付くこと、
自分を見つめることができること。
これはむしろ、大人が体験すると、
とても有意義なものとなる。
そのほかにも
■ギター教室(もちろん初心者)
■パソコン教室
などもいい。
まあ、でも、いつも現実に追われて、
また今度と言うことになってしまう。
でも、いつか必ずやってみたい!

刷りの練習・カラフルなまず
2008年04月10日
腰が痛くてラブラブ?
やってしまった。
ぎっくり腰というものか、腰全体に激痛である。
ここまで痛くなるのは初めてだ。
金曜日の午後3時ごろ腰が痛くなる。
10時に塾が終わるまでは何とか持ちこたえたが、
終わったとたんにガックリ。
動けなくなり、妻と娘に迎えに来てもらい
奇跡的な帰宅。
明日は週末だと気が緩んだのだろうか・・・。
さて、
普段全く意識せずに使っていた腰が
無くなったに等しい体験をすることになり、
気付いたことがいくつかある。
@ 食事のときよくこぼす
スプーンでスープを口に持っていくとき、
腰が動かないと、手だけのスプーン運搬となる。
体はまっすぐに固定されているので
そうなると、テーブルと口の間の垂直方向に
隙間が出来てしまい、
なぜか見事にそこにしずくが落ちるのだ。
A 寝返りが打てない
ベッドで横たわり、そのまま寝た。
しかし、夜中に何度も目が覚める。
体が寝返りを打ちたいのだ。
しかし、寝返りをうとうとすると激痛。
腰を動かさないと、寝返りがうてないのだ。
妻を起こして体の向きを変えてもらうしかなかった。
介護されなければ、寝ることも出来ない。
B トイレにいけない
これが大変。
這うことも出来なかったのだから。
そこで考えた。
トイレまで、ダンボールに乗せられて
床を引きずられていくことだ。
ダンボールに体を移すときが大騒動。
腕と頭と人の手を使って動くのだ
まるでカタツムリのスピード。
娘は面白がって喜んでいたのが救い。
C ズボンが下ろせない
体が曲がらないと、
下半身に手を伸ばせないので
ズボンや靴下など、
自分で脱いだり穿いたりできない。
もっと言うと、トイレのとき・・・
やめとこ。
D 腕が疲れる
腰に負担をかけずに体を動かそうとすると
腕を使うしかなかった。
だから、腕がやたら疲れた。
また、頭、つまり首から上も
体を支えるときに
十分使えることが分かった。
E 役立ったもの
傘・・・杖代わりで、家の中でもトイレでも使っていた。
風呂の腰掛・・・寝ていて、体を起こすときに使った。
椅子・・・これもつかまって体の向きを変えられる。
F おまけ
妻にはずいぶんと世話になった。
妻の体にしがみつくように掴まっているのを
8歳の娘が見て
「うひょー、ラブラブー」
と、ひやかす。
こちらが痛そうな顔をすると
娘は心配のあまり泣いてしまうので
努めてニコニコしていた。
だから、娘にとっては楽しい経験だったのかも。
お父さんをトイレまで引きずったり、
からだを拭いてくれたり、
パンツをはかせてくれたり、
結構機嫌よくやってくれていた。
もう
出来ないことばかりで、
情けなさを通り越して、
おもしろいくらいだった。
翌日の土曜日は私の誕生日だったのだけど
そのためのプランはこれで全部おじゃん。
健康って素晴らしいね。
ぎっくり腰というものか、腰全体に激痛である。
ここまで痛くなるのは初めてだ。
金曜日の午後3時ごろ腰が痛くなる。
10時に塾が終わるまでは何とか持ちこたえたが、
終わったとたんにガックリ。
動けなくなり、妻と娘に迎えに来てもらい
奇跡的な帰宅。
明日は週末だと気が緩んだのだろうか・・・。
さて、
普段全く意識せずに使っていた腰が
無くなったに等しい体験をすることになり、
気付いたことがいくつかある。
@ 食事のときよくこぼす
スプーンでスープを口に持っていくとき、
腰が動かないと、手だけのスプーン運搬となる。
体はまっすぐに固定されているので
そうなると、テーブルと口の間の垂直方向に
隙間が出来てしまい、
なぜか見事にそこにしずくが落ちるのだ。
A 寝返りが打てない
ベッドで横たわり、そのまま寝た。
しかし、夜中に何度も目が覚める。
体が寝返りを打ちたいのだ。
しかし、寝返りをうとうとすると激痛。
腰を動かさないと、寝返りがうてないのだ。
妻を起こして体の向きを変えてもらうしかなかった。
介護されなければ、寝ることも出来ない。
B トイレにいけない
これが大変。
這うことも出来なかったのだから。
そこで考えた。
トイレまで、ダンボールに乗せられて
床を引きずられていくことだ。
ダンボールに体を移すときが大騒動。
腕と頭と人の手を使って動くのだ
まるでカタツムリのスピード。
娘は面白がって喜んでいたのが救い。
C ズボンが下ろせない
体が曲がらないと、
下半身に手を伸ばせないので
ズボンや靴下など、
自分で脱いだり穿いたりできない。
もっと言うと、トイレのとき・・・
やめとこ。
D 腕が疲れる
腰に負担をかけずに体を動かそうとすると
腕を使うしかなかった。
だから、腕がやたら疲れた。
また、頭、つまり首から上も
体を支えるときに
十分使えることが分かった。
E 役立ったもの
傘・・・杖代わりで、家の中でもトイレでも使っていた。
風呂の腰掛・・・寝ていて、体を起こすときに使った。
椅子・・・これもつかまって体の向きを変えられる。
F おまけ
妻にはずいぶんと世話になった。
妻の体にしがみつくように掴まっているのを
8歳の娘が見て
「うひょー、ラブラブー」
と、ひやかす。
こちらが痛そうな顔をすると
娘は心配のあまり泣いてしまうので
努めてニコニコしていた。
だから、娘にとっては楽しい経験だったのかも。
お父さんをトイレまで引きずったり、
からだを拭いてくれたり、
パンツをはかせてくれたり、
結構機嫌よくやってくれていた。
もう
出来ないことばかりで、
情けなさを通り越して、
おもしろいくらいだった。
翌日の土曜日は私の誕生日だったのだけど
そのためのプランはこれで全部おじゃん。
健康って素晴らしいね。

